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zoom RSS 『そうか、もう君はいないのか』

<<   作成日時 : 2009/06/08 11:08   >>

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最近、‘パートナリング’という言葉を知った。
「仲間、パートナー作りのこと」らしく、夫婦間に使う場合は、「絆作り」くらいの意味のようだ。


うちはパートナリングの真っ最中!
約三年一緒に住んで、「こんなに違う人間なんだ」というのをやっと自覚しかけたところσ(^-^;)

先日の自分の誕生日には、「パートナを理解するってことは、誰にとっても一生をかけた課題なんだな」と
しみじみ感じてしまった。

そんな「夫婦」の行き着く先が気になって、
そうか、もう君はいないのか
を借りる。


今まで城山三郎さんの本は全く興味がなかったのだけど、この本だけは気になって、
ドラマまで録画して観たほど。

城山さんは、妻の死から7年後の07年、79歳で亡くなった。

本書は、遺稿の中から、妻・容子について書いたものを集めてまとめたもの。

あの年代の男性は妻に厳しい人もいるけれど、この2人は夫婦漫才でもやっているかのようで、なんとも仲良し。

「出不精で、人付き合いが苦手で内向的な夫」と、
「陽気でひょうきんで社交的な妻」
という組み合わせまでうちと一緒で、親近感を持つ(^-^)

仲良しの理由は、見合いではなく恋愛結婚ということにもあったのかも?
なにせ初めて会った時に、「妖精が天から舞い降りてきたかのよう」なんて言ってるのだからもう、
一目惚れに近かったのだろう(^-^)

付き合う前の段階で一度は別れたものの、その後運命的な再会をして、結婚。

苦労もあったみたいだけど、笑える逸話が続く。
子育てが終わって初老の夫婦になっても、2人で手を握り合ってオーロラを見たりしていて、なんともラブラブ。


そんな最愛の妻が倒れた時、夫はどうするのか。

「私は1日に2度病院に行き、一緒に夕食を食べた。食事を容子の口元まで運んであげ、
他愛のないおしゃべりをする。
そして、こういう時間ができるだけ長く長く続くように、なにものかに祈る。
そんなことしかできなかった」



妻の死から何年経っても、彼女の不在に「慣れる」ことはなかったようだ。
2人で過ごした家に帰らなかったのは、「そうか、もう君はいないのか」と感じる機会を
できるだけ減らしたかったからじゃないのかな。

城山さんの最後の様子については、娘さんがつづっている。その言葉がまた深い。

「強固な心身を持つ父への敬愛が、いつしか慈愛へと化してゆく。
親を子のようにいとおしいとさえ思う気持ち。
命を感じながら生きるようになると、自ずと出てくる感謝の気持ち。
そして再び崇高な尊敬の念が生まれてくる。」


…こんな風に思われるなんて、きっといい「父親」やってたんだろうなあ。


最後の一言は、声なき声で発した「ママは?」だったと言う。
死に顔は、斜め上空を向いたまま、なんとも幸せそうな表情をしていたそうだ。
「お母さんが迎えに来てくれたんだね」と、兄妹で語りあったという。

人生の節目節目に、何度も読み直したい本になった。

そしてとりあえず連れには、「1日でもいいから絶対、私より先に逝きなさいよ」と逆関白宣言をしたのだった(笑)

そうか、もう君はいないのか
新潮社
城山三郎

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